FIREでタイ移住

2021年5月富士通を退職し2021年8月家賃1万の街、大分県杵築市へ。タイへ移住し日本とタイの2拠点生活目指してます。

さようなら労働の街。いざ大分県杵築市へ

さようなら・・・ という言葉が持つ意味】 去っていく人が見えなくなってもまだ、手を振りつづけるのが日本人の美学。 |  ≡☆名古屋の総合広告会社(広告代理店) 天空広告ではたらく営業マンのBlog

皆様、こんにちは。

ハンチングで御座います。

引っ越し当日を迎えた。

引っ越しを実際やってみて改めて気づくのは、当日にならないと梱包作業出来ないものが案外多いということだ。

布団や枕、歯ブラシ類、ボディーソープ、シャンプー、インターネットのルーターもそうだ。

段ボール詰めを完了した物が、実はまだ使うものだと後になって気づき、ガムテープを剥がして梱包を解き、ぎゅうぎゅう詰めになった段ボールの中から必要な物を探し、小さな溜息をつく。

こんなことが数回あって、数日前から始めた梱包作業は延々と進まず、結局、当日になって慌ただしく荷物を詰め始めた。

引っ越し業者は16時~19時に来る。

引っ越し代を節約した結果、トラックに荷物を積んでそのまま杵築市へ向かうオーソドックスなスタイルの引っ越しではなく「混載便」と言って、途中の中継地で何度か荷物を入れ替え、他の客の荷物と混載して運ぶ形の引っ越しとなった。

午前中から荷物梱包に精を出しなんとか目途が付いた午後、近くのカフェの回数券の最後の1枚を使う為、休憩も兼ねて立ち寄った。

「今日で引っ越すことになりました」

顔なじみのカフェのおばさんに最後の挨拶。

「えー、寂しくなるねぇ」

会社を辞めて以来、週4で通って、ここでよくブログを書いた。

平日に足繁く来店する僕に対して「この人は一体何をしてる人なのだろうか」と言う視線はひしひしと感じていたし、おばさんも遠巻きに仕事は何をしてるのかと聞いてきたこともあった。

その時は答えにお茶を濁していたのだけれど。

九州のほうへ引っ越すと言うと。

「転勤ですか?」

と聞いて来た。

もう最後なので本当のことを言ってもいいかなと思い「僕、個人投資家なんです」と告げた。

「え、、あ、、、」

どういう事なのかいまいち理解できないと言うような、声にならない声を発したおばさんからホットコーヒーを受け取り最後のカフェ時間を楽しむ。

すると、席に着いた僕の元へまたおばさんがやって来た。

「あのー、仕事で九州へ行かれるんですか?」

「資産運用しながら生活してるので、僕、働いてないんですよ」

「えぇーー!!!」

他の客が振り向くほど大きな声を出し足早にキッチンへ戻って行った。

そしてそのことを同僚達に伝えたのだろうか。ちょっとキッチン内がざわついてるのを感じる。

日本人はお金は労働することでしか稼ぐことが出来ないと思っている。

働かないと生きて行けないと思い込んでいる。

僕や読者の皆は気づいている。

FIREという働かずに生活出来る術がこの世にあることを。

会社が定めた定年まで働く必要はなく、もっと早く早期リタイアして残りの人生を楽しむ事が実現可能なことを。

その事実を大半の日本人はまだ知らない。

「おばさん元気でね」

最後に礼を告げて馴染みの店を後にした。

 

夕方。

「こんにちはー、宜しくお願いします!」

引っ越し業者のがっちりした体躯の元気な若者達が3人やってきた。

聞くと、今日これで4件目とのことで「大丈夫?疲れてない?」の問いに「全然余裕です」という威勢の良い答が返って来る。

手際よく荷物をトラックへ積み込んで行く。

「ベット一人で運べます」と言い、ひょいとシングルベットを担ぎ上げ2階の自室から階段を降りて行く姿には度肝を抜かされた。

最初は「僕も手伝おうか」とも思っていたのだが、下手すると足手まといにもなりかねぬ様相で結句6畳間の一番端で優秀な若者達を、ただただ、かかしの如く見守るのみの役立たずぶりを露呈したのだった。

ものの、40分ほどで全ての荷物が運び出された。

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最後に不動産屋の立ち合いを終わらせ「お世話になりました」と告げて2年間住んだ自室を後にした。

振り返ると、今までの人生で10回以上引っ越しを繰り返して来たわけだけど、部屋を去る瞬間と言うのは、それまでの積み重ねた思い出が蘇ったりもして、名残惜しいような感傷的な気持ちに包まれるのが常だった。

だが今回は違った。

名残惜しさも感傷的な気持ちも沸き上がってこなかった。

それほど会社が、仕事が、同僚が、僕に強いストレスを与えていたからだろう。

「やっと解放された、12年住んだ労働の街から」

まるで12年の刑期を終え刑務所から出所したかのように、アパートを一度も振り向くことなく足早に駅へ向かった。

 

さて、今日の宿はどうしようか。

時刻は18時になろうとしていた。

労働の街に1泊しようか。

それとも名古屋駅周辺に泊るか。

僕は迷った末、バックパックひとつで近鉄に飛び乗り、大阪へ向かう事にした。

一刻も早く、この街を離れて、遠くへ行きたい。

その思いが勝った結果だった。

さようなら労働の街。

時刻通り名古屋を発った近鉄は、綺麗な夕焼けの中、風を切り、大阪難波を目指し疾走する。

もうすぐ始まる杵築市での新生活に思いを馳せる僕を乗せて。

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