皆様、こんにちは。
ハンチングで御座います。
希望の部屋をタッチの差で逃したが、幸運にも同じ物件でもう1部屋空きがあった。
間取りも全く同じと言う。
「そこ、そこでお願いします」
と飛びつくように願い出るのだった。
「分かりました、それでは申込書を書いて貰います」
渡された申込書を上から順に書き込んで行く。
名前。
生年月日。
性別。
旧住所。
新住所。
職業。
職業.....
僕の手がパタリと止まる。
その欄には、会社員、公務員、学生、個人事業主、等々。
どこを探せど自分が当てはまる欄が見当たらない。
「あの、僕の場合どこにすればよいのでしょうか.....」
少しの間があった後。
「そうですね、個人事業主で宜しいのではないですか?」
と言う。
「僕、個人投資家なので特に開業届は出してないのですが.....」
「そうですよね。まあ個人事業主で良いでしょう。」
個人事業主にレ点を付けた。
申込書をさらに書き進めていると、今度は「勤務先」を書き込む欄もある。
「勤務先の欄はどうしましょうかね.....」
「そうですね、投資関係で宜しいのではないでしょうか」
と言う。
勤務先の欄に「投資関係」と書くのもなんとなく、しっくりこない気もしないではなかったが、言われた通り書くことにした。
さらに書き進めると「年収」を書く欄まである。
昨年度の年収を書くらしいが、どう書くべきか.....
まず、昨年度となると労働収入がある。普通に働いていたのだから。
それに加え、インデックスファンドの運用益がある。ただ僕の場合、買ったら売らずに持ち続けるバイ&ホールドでもあるので「去年の運用益を証明する書類を付けて」なぞと言われると、甚だ困ることにもなる。
いっそのこと、去年の労働収入だけ書こうかとも思ったが「職業:投資家」で押し通してる以上それもなんだか落ち着かぬ気持ちにもなる。
散々悩んだ挙句、盛るわけでもなく、控えめに書くわけでもなく、去年の年収に2020年の運用益を足した額を書いた。
その数字を見たスタッフが「ウッ」と小さく驚嘆の声を洩らしたのが、僅かに聞こえた。
「では、これで審査のほう通してみますね」
と言う。
ようやくここまで辿り着いた。
今日こそは、どうしても審査を通らねばならぬのだ。
九州まで出張って手ぶらで帰ることは出来ぬのだ。
「もし必要であれば預金通帳の残高も準備出来るので、なんとかお願いします」なぞと最後の一押しも言い放ち、しつこく浅ましい最後のお願いをするのだった。
「分かりました、こちらもなんとかやってみます結果は明日にも分かると思うので連絡を差し上げます」
と言う。
礼を告げて不動産屋を後にした。
翌日。
別府で一泊した後、特急ソニックで博多へ移動しその日の夕方の便で名古屋へ戻る。
昼間少しだけ時間があったので、福岡の時間を楽しむ。
初めて来た大濠公園。
なんて素晴らしい公園なのだろう。
その公園の中州を歩いていたその時、僕の携帯に着信音が。
なんだ、この受験生めいたこの感情は。
まるで試験結果を告げられるような怖さがある。
恐る恐る通話ボタンを押す。
「お世話になります。審査結果が出まして」
「審査通過しました」
ハンチング。
大分県杵築市に移住します。
タイと杵築市のデュアルライフを実現させたい。
在職中からずっと頭の中で考えてきた生き方が現実になろうとしている。
でも、本当に僕に出来るのだろうか。
そんな生き方。
期待の中に少しだけ不安が入り混じる。
視線を上げる。
その先には美しい大濠公園が広がり、空はどこまでも青かった。
完。