皆様、こんにちは。
ハンチングで御座います。
天気予報は曇りのち雨。
人生の節目の日を迎え「今日だけは晴れてくれ」という願いも虚しく、空は今にも泣きだしそうなほど厚い雲が覆っている。
僕は自転車で行くことを諦め、傘を握りしめてバスに乗った。
会社の正門を通ると、僕の姿に気づいた顔見知りの警備員さんが声を掛けてくれた。
「実は今日で退職するんです」
そう言うとすごく驚いた表情を浮かべた。
午前9時会社へ到着する。
今日は残ってる仕事は何もない。
退職の手続きを全て終わらせるだけだった。
退職に伴う10枚近い書類にサインと印鑑を押して行く。
「遂にここまで来たか」
という思いと。
「もう後戻り出来ないな」
という両極端な感情が鬩ぎ合う。
全ての書類を片付けて、その一式を渡すと、担当してくれた強面の人事の方が。
「お疲れ様でした」
そう言って深々とお辞儀をしてくれた。
僕のサラリーマン人生があっけなく終わった瞬間だった。
手続きの全てを終えて、事務所に立ち寄る。
すると意外にも、直属の上司であるIさんが僕の到着を待ってくれていた。
けじめとして最後に一礼して、足早に去るつもりで立ち寄ったのだが。
「まあ、座れ」
と言って椅子を用意してくれた。
「今日で退職することになりました。今までお世話になりました」そう言うと。
上司は、ストレスの大きな仕事を押し付けてしまったこと、負荷が大きすぎる役回りを任せてしまったことについて申し訳なかったといった。
そして「本当は会社に残って力になって貰いたかった」とも。
予想だにしなかった展開に動揺してしまったが、彼も彼なりに思い悩んでいたのかもしれない。
「世界旅行に行くんだろ」
唐突にそう言われ思わずハッとした。
ずっと昔の何かの雑談の時に僕がそう漏らしたことを覚えていたことに驚く。
「まあ今はコロナでそれどころじゃないだろうけどなあ」
「そうですね。。。」
そう言って無難に頷く。
実は世界旅行どころか会社辞めて海外に移住するんですよ。
と言う言葉が喉元まで出かかったが、寸前で飲み込んだ。
気が付いたら20分位話をしていた。
普段なら決して言わないであろう、自分が抱えている仕事への辛さやストレスを正直に上司が吐き出してくれたのは意外だった。
僕だけじゃない。
みんな辛い中、色んな悩みやストレスを抱えながら、なんとか、どうにか仕事を続けてるんだな。
サイボーグのような冷酷な感情を持った人と言う印象だったのだけど、最後に彼の人間っぽい一面を初めてみた気がした。
「ではそろそろ、長い間お世話になりました」
全ての挨拶を終え、荷物をまとめる。
更衣室へ向かい長年、着続けた社服を脱ぐ。
誰も居ない更衣室。
無人のロッカーに「長い間お世話になりました」と小さな声で呟きその場を後にした。
会社の正門へ向かう。
「もう2度とここへ来ることはないんだな」
そう思うと、なんども振り返ってしまう。
あれほど嫌いだった会社のはずなのに。。
最後に警備員さんが「ご苦労様でした」と、とても優しい笑顔で見送ってくれた。
その笑顔になんだか救われた気がした。
正門を出ると、会社へ来るときには、なんとか持ちこたえてくれた空が泣き出していた。
僕は手に持った傘をさすことも忘れ、空を見上げていた。
その僕の頭上を雨粒がライスシャワーのように降り注いていた。
感情があふれ出る。
遂にやった。
夢にまで見たFIREを今日達成したのだ。
そして僕は歩く。
僕にしか見えないレッドカーペットの上を闊歩するように。
どこまでも。
どこまでも歩いていたい。
鳴りやまない雨音の拍手を聞きながら。